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2010年1月
ラングランド渋谷校は生まれ変わりました
新しいスタイルの語学スクールになったラングランド
皆様のご来校をお待ちしています。
ラングランド“WaiWai”-各国語ブログ-東京の語学教室|銀座・新宿・渋谷
渋谷校カフェスペース OPEN !!
- 2010-02-08 (月)
- ラングランドサービス紹介
ピレネー山脈とトゥールーズ
- 2010-02-06 (土)
- ファビアン先生
Bonjour c’est Fabien, vous allez bien ?
Aujourd’hui j’ai d’autres photos a vous montrer.
ピレネー山脈とトゥールーズで取った写真を見せたいです。
Cliquez sur les photos pour agrandir!
まず、ピレネー山脈の景色2枚。雪がなかったけどそれでもすばらしい景色です:
Ensuite voila des photos de creches (キリストの降誕の飾り物です) dans trois eglises differentes :
Une des grandes eglises(教会)de Toulouse :
A Toulouse, la Place du Capitole (市役所と劇場がある所です)est tres celebre :
Il y a aussi un petite place avec une belle statue de Jeanne D’arc (ジャンヌ・ダルク広場にあるジャンヌ・ダルク像です):
Le soir les lumieres du pont se refletent sur la Garonne(ガロンヌ川にライトの反射です). C’est tres joli :
A bientot !
Fabien
TOEIC IPテスト 3/7(日)
- 2010-02-04 (木)
- ラングランド各国語試験対策
アンデスの旅 ボリビア編(後編)
- 2010-02-02 (火)
- ラングランドカルチャー
こんにちは、前回、前々回と南米(ペルー~ボリビア)の旅をお伝えしてきましたが、
今回が最後です、ご興味のある方はしばしお付き合い下さい。
今日は、ウユニ塩湖中心の紹介となりますが、首都ラパスから500km南にあるウユニへ行くのに
片道10時間、つまり往復に丸2日必要なので、最低でも3日をウユニ観光に充てなければいけません。
「500kmで何故10時間も?」というのはごくごく素朴な疑問だと思いますが、
それもそのはず。半分は舗装もされていないオフロードを走っていくことになるからです。
ちょっとした川なのですが、車のための橋がない為、普通の車では走行が難しいのは明らか。
(写真左に見える橋は、週に数本程度の鉄道用。前方には、川の水で洗車する光景も・・・)
その他、工事中の道を走ったりと、日本では考えられない規格外の体験は挙げればキリがありません。。
塩湖には、ジープのような四駆車でないと入れないため、ドライバー&ガイドとともに3日間過ごしました。
道中、リャマや野生のフラミンゴに遭遇するなど、日本ではなかなか得られない経験も。
ウユニに近づくにつれ、乾いていくのが分かります。
いよいよ塩湖、突然この写真だけ見せられると、
「これは雪?!ここはどこ??!」と思った方が多いと思います。
最高地点は3,760m、ほぼ富士山と同じ高さに見渡す限り真っ白な世界が広がっています。
塩湖の面積は約1万2,000k㎡、宇宙からも真っ白な塩湖を確認できるほどです。
塩湖内にある、と言っても、入り口から1時間ちょっと車で走ったところに“Isla de Pesca(魚の島)”と
呼ばれる陸があり、そこが湖内のほぼ唯一と言ってもいい観光地。
塩の上に水が張ると、下の写真のように、まるで鏡で反射しているかのような光景を目にできます。
こればかりは、天候次第。
私が訪れたのは、雨季でしたので、場合によっては雨が降りすぎて、塩湖内に入れなかったりすることも
あるそうですし、雨が全く降らなければ、このような光景を目にはできませんでした。
ただただ、このような幸運に感謝するばかりでした。
塩湖からすぐ近くにある、“塩のホテル”。
ウユニで見た夕陽は格別でした。
ナスカの地上絵をパスしてまで、ボリビアまで足を伸ばした甲斐は充分にありました。
何の音も一切聞こえない、見渡す限り白い世界と遥か彼方の山々がある広い空間で見た空は
それはそれは言葉にはできない感動を与えてくれました。
思えば私達、特に首都圏で生活している方々は、真夜中でどんなに静かにしようが
何かしらの音に囲まれて日々生きているもの。
電気のかすかな音だったり、遠くに走る車や電車の音などなど、
よほど山奥に行かなければ、一切の音を遮断するのは不可能に近いでしょう。
現在、ウユニでは空港建設中とのことですが、はたして完成はいつになるのでしょう・・・。
リチウムが採掘できるとあり、日本の商社も既に現地で活躍されています。
便利になり、より多くの人が簡単に訪れることに違いはありませんが、
何十年後には、今と同じ姿が見れなくなってしまうのかと危惧してしまう自分がいます。
是非、ご興味とご縁がありましたらウユニへ足を運ばれることをお薦めします。
スタッフS.S
初級 英会話レッスン奮闘記 !⑭
- 2010-01-31 (日)
- スタッフルーム
Hey,long time,no see!![]()
How have you been??
I’m busy every day but just fine and we are happy.
Because Shibuya branch moved at last

~渋谷校はついに引っ越しました~
駅から近くなって、ステキなラウンジを持った、ゆったりしたスペースに生まれ変わりました。
ゆとりあるスペースと、半透明なパーテーションで囲われた閉鎖感のない空間。
何となく聞こえてくる他の言語のレッスン。
そしてドリンクサーバーを置いて、ちょっとしたコーヒータイムを過ごす事もできるようになりました。
レッスンの前に、レッスンの後に、コーヒーを飲みながらくつろぐのも良し、学習するのも良し♪
そんな中で、今年もまたレッスンを受けられることがとても幸せに感じました。
まだ渋谷校に来ていない方、興味のある方は、ぜひぜひいらしてください!
もちろん、どんなスクールかのぞいていただくだけでもOKです(#^.^#)


Semi-Annual Progress Report



昨年12月、こんなレポートを担任のアンドリューM先生から受け取りました。![]()
丁寧に説明もしてもらいました(もちろん英語で(^^))
レッスンを初めて1年ちょっと♪
こんなふうに自分のチェックポイントを指摘してもらうと、何だかもっと頑張ろう!という気持ちになります。
もちろん、このレポートをどんなふうに自分自身受け止めるかは人それぞれですが、私はこれをいただいてとっても嬉しかったし、一つひとつ、自分の足りないところを確認して、納得!
半年後にまたレポートをいただくときは、少しでも向上しているようにがんばります!


今日のレッスン


さてさて、そうはいってもまだまだペラペラには遠いッス![]()
先日のレッスンでは、前半の会話に続いて、後半はプリントを使った語彙の確認でした。
The day she tried it on, the gown fitted her exactly and mother started to cry.
“You’re not losing a daughter,” I reminded her, putting my arm around her, “you’re gaining a son.”
“Oh, forget about that!” she said with a sob, “I used to fit into that dress.”
今回のレッスンではこのストーリーについてでした。
ずばり
What is Funny about this story?
このストーリーの何がおもしろいのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・???(@_@;)
A ‘gown’ is a dress worn at a special time
・・・そうなんです!日本語ではガウンって、寝巻きの上に着るようなイメージがありますが、こういうスペシャルな服のことを言うんです。
To ‘fit’ means to be the right size.
・・・フィットするって、Japanese英語にもなっていますね。
A sob is noisy and irregular breath from crying.
・・・しゃくりあげるように泣いてしまうこと、ありますよね。そういうときは ”sob”がいいようです。
そう、そして何よりもポイントは
used to なんです!
used to は
(過去の状態))(以前[昔]は)…だった ・・・今はそうではないという含みをもつ.
There used to be a police box on the corner.
昔はその角に交番があった (いまはない)
みたいに、、、
そこを理解できたとき、初めて What is Funny about this story? がわかりました!
私の姉妹が結婚したとき、彼女は私の母のウェディングドレスを着ました。
彼女がそれを着てみた日、ガウンはピッタリ彼女に合いました。
と、母は泣き始めました。
私は彼女を抱きしめて、「あなたは、娘を失っていないわ」「あなたは、息子を得たのよ♪」と言いました。
彼女はすすり泣きをあげて「忘れて! 私は、そのドレスがフィットしてたの」言いました。
一生懸命説明してくれたアンドリューM
すぐに理解できなくてごめんなさい
!
レッスン仲間も それを理解した瞬間 爆笑でした(^^)
お母さん、若かった頃、ドレスがピッタリ自分に合っていたけどいまはそうではない、そのことが悲しくなってしまったんですね~
I see!
今年は英語のジョークもすぐに反応して笑えるようになりたいです!
目指せぺらぺら
Accountant R.K
英会話 ティム先生 ラングランド
- 2010-01-29 (金)
- ラングランド講師情報
メルボルン出身のティム先生は、日本生活5年目を迎えます。
地元オーストラリアで、大阪出身の日本人と知り合い、
旅行で大阪を訪れたのが日本との最初のきっかけ。
ヨーロッパ出身の両親を持つ先生は、欧米とはまったく違う文化を形成する日本に
興味を抱き、現在に至っています。
ちょっとプライベートな話になりますが、都会好きのティム先生は、
買い物や映画、カフェなどに事欠かない渋谷界隈に住んでいます。
本人曰く、普段の生活における行動範囲は極めて狭いとのこと。
「ほとんど渋谷区内」とは本人談(笑)。
そんな先生でも、広島市内からさほど遠くない海上に浮かぶ鳥居が印象に強く残る
日本三景のひとつ厳島神社に心奪われ、既に2回足を運んでいるのだとか。
趣味では、スノーボード、モータースポーツ、サイクリング、デザイン関係など
幅広くアクティブな先生は、平日は欠かさずジムに通っていたりもします。
身体作りのため、たんぱく質の摂取には気を使っているようですが、
なるべくサプリメントからではなく、普段の食事から採っているのが先生なりのこだわり。
モータースポーツにおいては、オーストラリア時代、レースに出ていたほどです。
そんな健康的なティム先生は、リニューアルし快適になった渋谷校にて
火・水・金・土曜、あなたをお待ちしています。
子供から大人まで、初心者から上級、ビジネスまで様々なクラスを受け持っていますので
どうぞ気軽にお問合せ下さい。
実家に帰るとは...
- 2010-01-27 (水)
- エミリオ先生
お正月やお盆のときは、実家に帰る人は多いでしょう。
私も、この前の冬休みに実家(スペインのマラガという町)に帰ったんです。やはり、「実家に帰る」という表現は会話にはしばしば出る表現でしょう。

ところが、スペイン語で自然に訳すのは、一見考えられるほど簡単ではないです。
結論から言うと、普段、「ir a casa de mis padres(両親の家に行く)」と訳せばいいです。
まず、「実家」という概念は、スペイン語にももちろんありますが、普段硬くてあまり使わない言葉で、だいたい日本語の「実家」と違う意味合いも持ちますので、こういうときは次の考え方です:
「実家」とは、普段、両親が住んでいる家でしょう。そうすると、「casa de mis padres」と訳せばいいでしょう。
もし両親ではなくておじいさんとおばあさんの家だったら、当然「casa de mis abuelos」と言います。
あと、「帰る」は普段「volver」なんですが、ここは「ir」と使わないと不自然で勘違いが生じる恐れもあります。これは、なぜかというと、日本語の「帰る」とスペイン語の「volver」の考え方はちょっと違うからです。
「volver」は「もともといた場所に戻る」という意味で、特に「住んでいる場所」の話だと、それは「自分が住んでいる場所」のことです。というのは、例えば私の場合では、いくらマラガ出身で実家はマラガだとしても、現在東京に住んでいる上で、「fui a Malaga」と言わなければなりません。もし「volvi a Malaga」と使うとしたら、意味は「もう東京をやめて、マラガに住みに戻ります」と言う意味になります。
他に、間違えてよく使われる動詞は「regresar」です。
「戻る」の意味だったら、「regresar」と「volver」は同じ意味です。「regresar」の方が硬いだけです。したがって、「regresar」も使われません。
エミリオ
アンデスの旅 ボリビア編(前編)
- 2010-01-25 (月)
- ラングランドカルチャー
前回のペルー編に引き続き、今回はボリビア編(前編)にお付き合い下さい。
まずは、交通手段ですが、ペルーから陸路で長距離バスを使い
途中、いくつかの遺跡を巡りながらのバス旅行を楽しみながら、プーノ(ペルー)で一泊。
チチカカ湖を眺めながら陸路で国境を越え、ボリビアへと入国しました。
電車は、本数が極めて少ない為、バスを使うことが一般的のようです。
もちろん、クスコから飛行機を使うこともできますが、
旅行において、あまりに楽をしすぎると、大切な多くのことを見落としてしまいます。
途中にある遺跡に数箇所連れていってくれるバスを利用しました。
ドイツ製のしっかりしたバスで、シートは豪華、快適に長距離移動できました。
アンデスの山々を眺めながらの道中、
どんなに生活環境が厳しくても、人間はどこでも生活していけるのだなと考えさせられました。
働く子供をたくさん見かけました。
親とともに畑仕事を手伝ったり、靴磨きをしたり・・・、その光景はごくごく当たり前の日常生活を送る
彼らの自然な姿として、異国からの観光客の前でもいつものそれと何ら変わりません。
とりわけ、家族の絆が強いことを思わせる光景に多く出くわし、
そのことは自然なことであれ、現代の日本と比べるととても羨ましくも感じました。
ペルー→ボリビアへの国境越えの際、バスから一旦降り、入国管理事務局へ。
事務局内には、早速モラレス大統領の写真が私達をお出迎え(写真上)。
ボリビア初の先住民出身の大統領ということで、
この国においては支持されているのだなとわかる人々の話や、雰囲気はあちこちで感じました。
ちょうど、ボリビアの首都ラパスへ入ったのが、12月31日だったため、
多くの人が夕方買い出しでごった返す光景に出くわしました(写真下)。
南半球ですから、季節は夏なのですが、やはり標高が高いこともあり
太陽が出てさえいれば昼間は半袖でも過ごせますが、上着は常に必需。
下の写真は18時頃。夕方ともなるとご覧の通り、皆さん着込んでいます。
写真(上)は、ラパス市内ではあるものの、すり鉢上に家々が立ち並ぶ街の一番高いところ、
すなわち土地が安く、後から移住してきた人が多く住むEl alto(エル・アルト)という貧困層の街です。
地方から越してくる人が後を絶たず、人口は爆発的に増えているのだそう。
ちなみに、エル・アルトの標高が約4,300m。
ラパスの空港もこの高さにあり、日本から直接ボリビアに降り立つ人は、
あまりの標高差に高山病になりやすく、実際にそういう方にお会いしましたが、
100m歩くごとにカフェで一休みしていたと苦笑されていました。
幸い、私はペルーから徐々に標高に慣れていたため、問題ありませんでしたが、
南米のサッカーW杯予選などでは、よくブラジルやアルゼンチンなどの強豪が、
敵地ボリビアへ乗り込み苦戦(敗戦)するというニュースを見聞きしてはいましたが、
実際現地に行ってみると、それは実感として大いに納得できるものでした。
むしろ、過酷な運動をかの地で行うのは、身体を危険にさらせるようなものだと・・・。
新年のカウントダウンは、長旅の疲労と身の安全も考慮し、ホテルの部屋から眺めるだけにしましたが、
(例えはあまり良くありませんが)まるで湾岸戦争の映像を思い出すくらいに
花火や爆竹が飛び交い(実際に火事が起こりそうなほど)、いかにも南米らしい騒ぎ様を垣間見ました。
さて、何故今回ボリビアを選んだのか・・・その最大かつ唯一の理由はウユニ塩湖でした。
日本でもにわかにテレビ等で露出も増えてきた、知る人ぞ知る秘境と言ったら大げさかもしれませんが、
世界遺産にでもなった日には、多くの観光客が押しかけるであろう場所。
実は、あまり人に教えたくないと本気でそう思わせる(だって、あの場で人混みには遭遇したくない・・・)、
そんな場所が、ボリビアのウユニという土地です。
ここへ行くためにはラパスから車で片道10時間。
それも、半分は未舗装の道。
砂埃を立てながら、ひたすら遥かかなたの地平線めざし、車を走らせます。
秘境に行くには、苦労があってこそ・・・。
この続きは、次回お楽しみに。
スタッフS.S
Vacanze di Natale in Italia (イタリアでのクリスマス休み)
- 2010-01-23 (土)
- エリーザ先生
Anche quest’anno le divertenti vacanze di Natale sono finite.(T<>T)
In Italia, fra Dicembre e Gennaio, ci sono numerose feste religiose:
“Immacolata Concezione“,l’8 Dicembre;
“Natale“,il 25 Dicembre;
“Santo Stefano“, il 26 Dicembre;
“Capodanno“,il primo Gennaio e
“Epifania“,il 6 Gennaio.
Dal 7 Gennaio,la vita degli italiani riprende regolarmente:riaprono tutti gli uffici, gli studenti tornano a scuola e nei negozi iniziano i saldi.
残念ながら今年もクリスマス休みは終わりました。
イタリアでは12月と1月の間にいろいろな宗教的祭日があります:
・聖母受胎の日、12月8日;
・クリスマス、12月25日;
・聖ステファノ、12月26日;
・元旦、1月1日;
・エピファ二ア、1月6日。
1月7日からイタリア人は、再び普通の生活になります:オフィスは全部再び開き、学生はみんな学校にもどって、バーゲンセールが始まります。
Come sempre ho trascorso le vacanze natalizie con la mia famiglia e con gli amici.
Quest’anno il menu di Natale si e’ ispirato alla cucina piemontese:
いつもの通り家族や友達ともクリスマス休みを過ごしました。
今年のクリスマスメニューはピエモンテ風でした:
-ANTIPASTI:affettati misti, verdure sott’olio, acciughe;
・前菜:薄切りのサラミとハム、油漬けの野菜、アンチョビー;

-PRIMO PIATTO:lasagne al forno;
・第一番目の料理:オーブンで焼くラザーニャ;

-SECONDO PIATTO:polenta con spezzatini;
・第二番目の料理:ポレンタとぶつ切りにした牛肉の煮込み;
-CONTORNO:spinaci al burro;
・付け合せ:バターほうれん草;

-DOLCE:panettone.
・デザート:パネットーネ。

Parole nuove (新しい単語)
saldi (サルディー)=バーゲンセール
antipasti (アンティパースティ)=前菜
lasagne al forno (ラザニェーアルフォルノー)=オーブンで焼くラザーニャ
polenta (ポレンター)=トウモロコシの粉にスープを加えて作る料理
spezzatini (スペッザティ二ー)=とぶつ切りにした牛肉の煮込み
Al mese prossimo. (また来月に!)
エリーザ
アンデスの旅 ペルー編
- 2010-01-21 (木)
- ラングランドカルチャー
年末年始の休みを利用し、南米(ペルー、ボリビア)に行ってきました。
日本からは地球の裏側。なかなか行く機会はない地域だからこそ、
行った者には両国の魅力を伝える義務があると勝手ながらそう感じ、
この場を借りて、私スタッフS.Sが紹介させて頂きます。
今回は、前編ということでペルーのご紹介です。
訪れたのは、首都リマ、古都クスコ、ご存知マチュピチュ、そしてペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖。
とりわけ、ペルーを訪れるほとんどの観光客の目的はマチュピチュでしょうし、
その観光拠点でもあり、インカ時代の古い街並の残るクスコの2ヶ所は外せません。
(今回、ナスカはルート上の問題で、残念ながら外しました)
・・・前置きはこれくらいにして、早速皆さん気になるマチュピチュから。
「空中都市」あるいは「失われた都市」と形容されるマチュピチュは、
1450年頃、インカ帝国第9代皇帝パチャクティの時代に始まり、
スペイン人に征服される1530年頃までの約80年間インカの人々が生活していました。
主には、インカ王や貴族の離宮としてなのですが、
海抜2,400mもあり、麓(バス乗り場)からも400mもの高低差があるので
どうしてこのような場所に・・・という「???」が頭の中を駆け巡ります
あまりにも有名なこの遺跡は、実は麓から入り口までバスが我々を乗せてくれますので、
山登りをしなければ辿り着けないというわけではありません。
まずは、首都リマから国内線で約1時間のフライトでクスコへ。
標高1,500mほどのリマから、3,600mほどあるクスコへ降り立つと
さすがに空気の薄さに身体は敏感に反応します。
クスコからは、車(バス)か電車でマチュピチュの麓、アグアス・カリエンテスまで
行くことになるのですが、最低でも約3時間を要します。
成田→ロサンゼルス→リマ→クスコと飛行機を乗り継ぎ、
真っ先にマチュピチュを目指す場合、目的地に着いた頃には
24時間以上の移動時間と時差ボケとで疲労が蓄積したまま憧れの地へ行くことになりますが、
そんな疲れも吹っ飛ぶほどの光景が我々を迎えてくれます。
麓からは、バスが10~15分ごと(乗客がある程度乗ったら出発)に出ていて
30分でマチュピチュ入り口へ。
歴史などの詳細はコチラに譲りますが、
朝もやに包まれた神秘的なマチュピチュを目の前にすると言葉を失います。
少しずつ姿を現すマチュピチュを臨む贅沢は、早起きしてこそ。
昼近くにもなると、世界中からの観光客がごった返し、趣きも薄れますが、
朝一番、人がまだいないマチュピチュを高台から臨む贅沢は、お金では買えません。
マチュピチュの写真には必ずといって写っている山がワイナピチュ山↓(画面真ん中奥)。
ワイナピチュへの登山は、1日に400人という入場制限を設けている為、
朝早くから整理券目当てに並ぶ必要があります。
(7:00又は10:00の選択制)
さらに下の写真は、ワイナピチュ山の上からマチュピチュを臨む光景(片道約1時間)。
途中、ワイヤーロープに捕まって登る急斜面な箇所もあり、
どうやってこんなところに建物を建てたのか、、、まさに謎でした。
是非、時間に余裕のある方にはお薦めです。
画面左側に見えるヘビのように這う道はバス通り、ハイラム・ビンガム・ロード。
かなりの急斜面をかなりのスピードで駆け降りて行く復路は、かなりのスリル・・・。
ひきりなしにバス同士のすれ違いもあるのですが、狭い道を上手く行き来している
ここの運転士達の腕は相当のものでした。
上の写真は、マチュピチュ内に放されているリャマ。
実は、チリのとある会社がCM用にと連れてきたリャマが増えてしまったのだとか・・・。
最後に、インカ帝国の首都クスコについても少しだけ触れておきましょう。
標高約3,400mにあるクスコ市内には、インカ時代の壁がそっくりそのまま残っていて、
美しい石畳の道は、さながらヨーロッパの古い街並を彷彿させます。
下の写真は、有名な12角の石。
当時の高度な技術が簡単に見て取れます。
これほどの石造技術を持ちながらも、残念ながらインカ帝国には文字がなかったため
記録が残っておらず、ある程度の解明はされているものの謎が残っているというのが現状。
街中、あちこちで見かけるアルパカ、リャマを連れた先住民(写真下)。
観光客に写真を撮らせることでチップを貰っています。
勝手に写真を撮ると、“Paga! Paga!!(払え~)”と請求されます。
おばあちゃんか、女の子がほとんどですが、タダでは撮らせてくれません。
残念だったのは、石畳の道をひきりなしに車が走るという交通事情。。
それも、日本と違い、古いタイプの車(先進国からの輸入された中古車でしょう)が
大量の排気ガスを吐き出してブンブン走っているのですから、
日本から来た人間には、ここの空気は辛かったです・・・。
しかも、信号がほとんどなく、歩行者はタイミングよく横断するしかありません。
そんな喧騒的なクスコも、時代の流れを汲み、
5~10年後には変わった姿を見せてくれるのでしょうか。
そんなことを考えながら、空気の薄いクスコをあとにしました。
次回は、ボリビア編をお伝えします。





























































