ホーム > ラングランドカルチャー のアーカイブ

ラングランドカルチャー のアーカイブ

スペイン代表の魅力

スペインの優勝で幕を閉じた2010年FIFAワールドカップ。

 

決勝ゴールを決めたイニエスタが、喜びのあまりユニフォームを脱ぎ、
その下のTシャツに書いてあったメッセージは、既に皆さんも御承知のとおり。

昨年夏に心筋梗塞で亡くなったダニエル・ハルケ選手への
“SIEMPRE CON NOSOTROS”(僕らはいつも共にある)
という、亡き友へのメッセージは、人々の涙を誘いました。

何より、彼は日頃から非常に謙虚であることが有名な選手。

サッカーの神様は、度重なる怪我を克服した彼にご褒美を贈ったのでしょうね。

 

そして、見逃してはならないのが、表彰式、そしてピッチでの集合写真の際、
セルヒオ・ラモスも、ある選手のTシャツを着ていたことをここで触れておきます。

彼が10代の頃、同じチームで過ごしたアントニオ・プエルタ選手は、
3年前に試合中突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった元スペイン代表。

ラモスは、2年前のEURO2008(欧州選手権)で優勝した際においても、
他の選手がユニフォーム姿の中、彼唯一人だけがプエルタの顔写真のTシャツを着ていました。
彼の心には本当にいつもプエルタがいるんですね。
ちなみにラモスの背番号15は、プエルタが代表初出場した際につけていたもの。

 

さて、前回のペピ先生の投稿でもスペインの熱狂が伝わってきますが、
ラテン系の血がそうさせるのでしょうか、いくつかあるニュースの中でも
非常に面白いシーンのひとつが、キャプテンのカシージャスがインタビューされている場面。

実は、この女性、カシージャスの彼女なのですが、
そうとは言え、日本人だったら・・・と考えると、さすがに同じようなことをするなんて想像できません。。

 

次の映像は、スペインに帰る飛行機の中でのワンシーン。

やはり、前述のカシージャスと彼女が仲良く隣同士の席を手配されているのが
なんとも微笑ましい限りですが、この映像では得点王のヴィジャが、
控えGKの“ぺぺ”レイナとともにはしゃいでいる光景が。 

 

控えGKぺぺの活躍は、マドリッド到着後の祝勝会においても続きます。
それは、試合に出ていなかったエネルギーをここぞとばかりに発散させたかのように・・・。

なるほど、デルボスケ監督は、ぺぺを23人に選んだのは、こういうことだったのですね(笑)。
ポジションは、スペイン代表の“宴会部長”。

このONとOFFのギャップがスペイン代表の強みなのでしょうか。

日本代表も帰国後の会見で笑いを誘っていましたが、
世界チャンピオンは、やはりここでも上のようですね(笑)。

3:15あたりで、プジョルとピケが、セスクにバルサのユニフォームを着させるという悪戯を。
ぺぺが「未来のバルサ、未来のスペイン!」と叫ぶあたり、もうやりたい放題です(笑)。

スタッフS.S

 

RSS リーダーで購読する

ワールドカップにおける国歌斉唱

遂にFIFA ワールドカップが始まりましたね。

 

日本代表も格上カメルーン相手に岡田監督の采配と選手の献身的な働きで
見事に地元開催だった2002年以外で、初めて勝利し、
予選グループ最終戦まで分からない展開となってきました。

戦術云々には、各人がそれぞれ意見あるでしょうし、特に今大会は(まだ初戦ということもあり)
守備的な試合が多く、スペクタクルに欠けるという点において批判もあるわけですが、
日本の戦い方、そして1-0という結果ひとつを見ても、先生のお国柄が如実に表れます。

 

イタリア人の先生に言わせてみれば、「最小スコアでの勝利こそ美しい」という国ですから、
それはもう概ね高い評価を与えています。

これがスペイン人の先生となると話は違います。
「美しいサッカー」を国民が求めるスペインにとっては、もちろん勝敗も重要ですが、
それ以上に、“質”にも大変うるさく、あの内容では返ってくる言葉は「退屈」のひとこと。

 

 

日本は細かいパスを繋ぐサッカーを目指していたと思っていたのですが、
岡田監督は大会直前に相手との実力を踏まえ、現実的な戦い方へと路線変更。

個人的には、やはり日本のカラーを出した、つまりアイデンティティーを表現したプレースタイルを
確立してもらいたいと強く願うばかりですが、これはもしかしたら、
日本が初戦に勝ったから言える“人間の欲”というものかもしれません。

 

たとえば、野球の日本代表には、“バント”ひとつ取りあげてみても、
そこには日本のアイデンティティーとも言える、緻密なプレースタイルが凝縮されています。

 

まだまだ日本においては、サッカーは野球のような歴史もなく、文化としても根付いているとは
現時点においては少なくとも言えませんが、もしかしたら、将来、長い歴史を振り返った際に
今大会がターニングポイントとなっているのかもしれない、そう思ったりもしてしまいます。

 

続きを読む

RSS リーダーで購読する

家庭学習のお供に

 

こんにちは。気が付けば、新学期・新年度も早2ヶ月が経過しようとしていますが、
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

 

さて、ラングランドで語学を学習中の熱心な方は、ご家庭での学習はどのようにされていますか?

週1回、スクールで約1時間外国語に触れたからといって、どんなに良い講師に教わっても
魔法をかけるわけではないので、やはり限界があります。
これは、どんな綺麗ごとを並べても、動かぬ現実として、等しく皆さんの前に立ちはだかる問題。

 

とは言え、コンスタントな通学を機に予習・復習したりという環境作りができるという点で、
それぞれの目標へ確かな前進であることも、また現実なわけですよね。

 

やはり通学の最大のメリットは、目の前にネイティブの講師がいること。
ラングランドでは、最大でも5名でのレッスンですから、話す時間は充分あります。

ですので、家庭学習でのインプットと併せ、バランスよくレッスンを使っていただき
より効果アップをはかって頂きたいと思います。 

それじゃ、家ではどうしたら良いのか、、、ということを少し、お付き合い下さい。

 

私などは、毎年4月は、NHKのテレビやラジオで興味のある言語の番組を
見たり聞いたりはするものの、恥ずかしながら、
なかなか長続きはしたためしがない人間の代表格。。

おかげで、4月の内容は意外と頭に染み付いているようで、
海外旅行程度であれば、簡単な会話で何とか独りでやり繰りできてしまうという
“特技”は身に付いてしまったようですが・・・(笑)。

 

そんな私でも、NHKラジオ番組のストリーミングによって、
好きな時間に番組を聴けることもあり、今のところ今年は続いています。

1週間分ずつ更新されるので(つまり、その週を逃すと聴き逃すことになるので)、
ある程度プレッシャーもあり、ある程度の自由もあるところが私には合っているようです。

 

同じくNHKのテレビ番組になりますが、過去にも、この場で紹介したことのある
トラッドジャパン』は個人的にお薦めです。

今年は、昨年の再放送ですが、なかなか日本語でも説明が難しい日本の伝統文化などを
取り扱っていますので、英語学習とは切り離しても充分楽しめます。

 

やはり、楽しみながらというところがポイントで、
そうでなかったら長続きしませんし、楽しむことができれば上達も早いもの。

 

映画が好きな方なら、「超字幕」を
一度試してみるのも面白いですよ。

私は、かつて毎回笑わせてもらったNYを舞台にしたアメリカのTVドラマシリーズ
『フレンズ』をこの超字幕で観直しながら、懐かしんでます。

 

料理が好きな方だったら、こんな本も最近は出版されています。
栗本はるみ Your Japanese Kitchen 1

言えそうで言えない、そんな単語もちらほら。
栗原さんのレシピと一緒なら、つい覚えてしまいそうですね。

 

英語以外の言語となると、ツールは限られてきてしまいますが、
他言語を学習されている方は、その国の文化、スポーツ、観光などに興味があるはずでしょうから、
インターネットを使って世界を広げていくことは、現代において難しいことではなくなりました。

アメリカからスタートしたFacebookは、mixiの世界版SNS。
疎遠になってしまった海外の友人と再びコンタクトが取れる喜びももれなくついてきます。

 

もちろん、ここで紹介したもの以外にも、多くの教材が存在しています。
是非、皆さんそれぞれに合ったものを探し当ててみて下さい。

楽しく、コツコツと続けられるもの、それが一番だと思います。
 
スタッフS.S
 

RSS リーダーで購読する

European Football

こんにちは、football(soccer)好きのスタッフS.Sです。

特にイタリア語、スペイン語の生徒さんにも、calcio/futbol好きの方が多いように思いますが、
ヨーロッパのフットボールシーズンもいよいよ大詰め。

今年はWorld Cup Yearということもあり、6月からも休む暇なく観戦が続きそうですね。

さて、ラングランドにいるとヨーロッパ出身の先生方は、football好きの先生が多く、
彼らの反応を見ていると実に様々で興味深いので、この場でご紹介します。

特に面白いのは、歴史が大きく投影されているスペイン人。

20世紀前半の内戦の影響が色濃く現れているせいか、国内が大きく4つに分かれているスペイン。
カタルーニャ、バスク、ガリシア、そしてカスティージャ。
特にカタルーニャやバスクは、独立志向が強いというのは皆さんもご存知なのでは。

ペピ先生の過去のブログ記事においても、スペイン事情が分かっていただけると思います。

そんなお国柄ですから、ヨーロッパでのクラブチームチャンピオンを決める最高峰のリーグ、
UEFAチャンピオンズリーグにおいてさえ、スペイン人が自国クラブチームを応援するかというと
必ずしもそうではないという現実を目にします。
レアル・マドリッドが負けた際の、アマデウ先生(バルセロナファン)の喜びようや、
ベティスファンのホセマリア先生の、セビージャが負けた時の嬉しそうな顔は、
いかにライバルチームが憎いのかを物語っているのですが、
日本においては、自分の贔屓チームの勝利が最大の関心であり、
そこまで相手の敗戦を気に留めることはないのではと思います。

日本においては巨人と阪神とのライバル関係に例えることもできますが、
その比ではないレベルにあるのは、やはり深く根差した民族や地域の対立があるからこそ。

ヨーロッパのフットボールに触れていると、歴史と向き合わないわけにはいかず、
必然、そこから世界が広がってくるわけです。

ワールドカップにおいても同様に、やはりお国柄というのが出てくるもの。

色んな角度から観てみると、また違った面白さを味わえること請け合いです。

さて、今週は、バルサファンのアマデウ先生の元気がないように見えましたが、
果たして来週はどんな顔をしているのでしょうか?(笑)

アイルランドの火山噴火の影響で、選手たちは、バルセロナ→ミラノの約1,000キロを
バスで移動せざるをえなかったわけですが、移動できてしまうあたりは、さすがヨーロッパですね。

RSS リーダーで購読する

アンデスの旅 ボリビア編(後編)

こんにちは、前回、前々回と南米(ペルー~ボリビア)の旅をお伝えしてきましたが、
今回が最後です、ご興味のある方はしばしお付き合い下さい。

今日は、ウユニ塩湖中心の紹介となりますが、首都ラパスから500km南にあるウユニへ行くのに
片道10時間、つまり往復に丸2日必要なので、最低でも3日をウユニ観光に充てなければいけません。

「500kmで何故10時間も?」というのはごくごく素朴な疑問だと思いますが、
それもそのはず。半分は舗装もされていないオフロードを走っていくことになるからです。

道なき道をゆく

道 なき道をゆく

ちょっとした川なのですが、車のための橋がない為、普通の車では走行が難しいのは明らか。
(写真左に見える橋は、週に数本程度の鉄道用。前方には、川の水で洗車する光景も・・・)

その他、工事中の道を走ったりと、日本では考えられない規格外の体験は挙げればキリがありません。。
塩湖には、ジープのような四駆車でないと入れないため、ドライバー&ガイドとともに3日間過ごしました。

大平原でリャマと 対峙

道中、リャマや野生のフラミンゴに遭遇するなど、日本ではなかなか得られない経験も。

遥か彼方へ向かって・・・

遥か彼方へ向かって・・・

ウユニに近づくにつれ、乾いていくのが分かります。

いよいよ塩湖、突然この写真だけ見せられると、
「これは雪?!ここはどこ??!」と思った方が多いと思います。

最高地点は3,760m、ほぼ富士山と同じ高さに見渡す限り真っ白な世界が広がっています。

塩湖の面積は約1万2,000k㎡、宇宙からも真っ白な塩湖を確認できるほどです。

舐めてみました が、やっぱり塩(笑)

数十センチ下には 水を確認できます

塩湖内にある、と言っても、入り口から1時間ちょっと車で走ったところに“Isla de Pesca(魚の島)”と
呼ばれる陸があり、そこが湖内のほぼ唯一と言ってもいい観光地。

Isla de Pesca からの眺め

サボテンと塩とい う奇妙な組み合わせ

塩の上に水が張ると、下の写真のように、まるで鏡で反射しているかのような光景を目にできます。

こればかりは、天候次第。

私が訪れたのは、雨季でしたので、場合によっては雨が降りすぎて、塩湖内に入れなかったりすることも
あるそうですし、雨が全く降らなければ、このような光景を目にはできませんでした。

ただただ、このような幸運に感謝するばかりでした。

ベッド、ソファ、テーブルすべてが塩

ベッド、ソファ、テーブルすべてが塩

塩湖からすぐ近くにある、“塩のホテル”。

ウユニで見た夕陽は格別でした。

ナスカの地上絵をパスしてまで、ボリビアまで足を伸ばした甲斐は充分にありました。

何の音も一切聞こえない、見渡す限り白い世界と遥か彼方の山々がある広い空間で見た空は
それはそれは言葉にはできない感動を与えてくれました。

思えば私達、特に首都圏で生活している方々は、真夜中でどんなに静かにしようが
何かしらの音に囲まれて日々生きているもの。

電気のかすかな音だったり、遠くに走る車や電車の音などなど、
よほど山奥に行かなければ、一切の音を遮断するのは不可能に近いでしょう。

現在、ウユニでは空港建設中とのことですが、はたして完成はいつになるのでしょう・・・。

リチウムが採掘できるとあり、日本の商社も既に現地で活躍されています。

便利になり、より多くの人が簡単に訪れることに違いはありませんが、
何十年後には、今と同じ姿が見れなくなってしまうのかと危惧してしまう自分がいます。

是非、ご興味とご縁がありましたらウユニへ足を運ばれることをお薦めします。

スタッフS.S

RSS リーダーで購読する

アンデスの旅 ボリビア編(前編)

前回のペルー編に引き続き、今回はボリビア編(前編)にお付き合い下さい。

写真慣れした女の 子(ボリビア)

まずは、交通手段ですが、ペルーから陸路で長距離バスを使い
途中、いくつかの遺跡を巡りながらのバス旅行を楽しみながら、プーノ(ペルー)で一泊。
チチカカ湖を眺めながら陸路で国境を越え、ボリビアへと入国しました。

電車は、本数が極めて少ない為、バスを使うことが一般的のようです。
もちろん、クスコから飛行機を使うこともできますが、
旅行において、あまりに楽をしすぎると、大切な多くのことを見落としてしまいます。

途中にある遺跡に数箇所連れていってくれるバスを利用しました。
ドイツ製のしっかりしたバスで、シートは豪華、快適に長距離移動できました。

道中最も標高の高かった4,338m

道中最も標高の高かった4,338mの標識

アンデスの山々を眺めながらの道中、
どんなに生活環境が厳しくても、人間はどこでも生活していけるのだなと考えさせられました。

写真の営業部隊

働く子供をたくさん見かけました。

親とともに畑仕事を手伝ったり、靴磨きをしたり・・・、その光景はごくごく当たり前の日常生活を送る
彼らの自然な姿として、異国からの観光客の前でもいつものそれと何ら変わりません。

とりわけ、家族の絆が強いことを思わせる光景に多く出くわし、
そのことは自然なことであれ、現代の日本と比べるととても羨ましくも感じました。

あちこちで見かけた大統領の写真

あちこちで見かけた大統領の写真

ペルー→ボリビアへの国境越えの際、バスから一旦降り、入国管理事務局へ。

事務局内には、早速モラレス大統領の写真が私達をお出迎え(写真上)。

ボリビア初の先住民出身の大統領ということで、
この国においては支持されているのだなとわかる人々の話や、雰囲気はあちこちで感じました。

チチカカ湖に臨む 街コパカバーナの市場

ちょうど、ボリビアの首都ラパスへ入ったのが、12月31日だったため、
多くの人が夕方買い出しでごった返す光景に出くわしました(写真下)。

南半球ですから、季節は夏なのですが、やはり標高が高いこともあり
太陽が出てさえいれば昼間は半袖でも過ごせますが、上着は常に必需。

下の写真は18時頃。夕方ともなるとご覧の通り、皆さん着込んでいます。

大晦日に買出しする人々

大晦日に買出しする人々

写真(上)は、ラパス市内ではあるものの、すり鉢上に家々が立ち並ぶ街の一番高いところ、
すなわち土地が安く、後から移住してきた人が多く住むEl alto(エル・アルト)という貧困層の街です。

地方から越してくる人が後を絶たず、人口は爆発的に増えているのだそう。

ちなみに、エル・アルトの標高が約4,300m。

ラパスの空港もこの高さにあり、日本から直接ボリビアに降り立つ人は、
あまりの標高差に高山病になりやすく、実際にそういう方にお会いしましたが、
100m歩くごとにカフェで一休みしていたと苦笑されていました。

幸い、私はペルーから徐々に標高に慣れていたため、問題ありませんでしたが、
南米のサッカーW杯予選などでは、よくブラジルやアルゼンチンなどの強豪が、
敵地ボリビアへ乗り込み苦戦(敗戦)するというニュースを見聞きしてはいましたが、
実際現地に行ってみると、それは実感として大いに納得できるものでした。

むしろ、過酷な運動をかの地で行うのは、身体を危険にさらせるようなものだと・・・。

ラパス市内を一望

ラ パス市内を一望

新年のカウントダウンは、長旅の疲労と身の安全も考慮し、ホテルの部屋から眺めるだけにしましたが、
(例えはあまり良くありませんが)まるで湾岸戦争の映像を思い出すくらいに
花火や爆竹が飛び交い(実際に火事が起こりそうなほど)、いかにも南米らしい騒ぎ様を垣間見ました。

新年を迎えたラパス市内

新年を迎えたラパス市内

さて、何故今回ボリビアを選んだのか・・・その最大かつ唯一の理由はウユニ塩湖でした。

日本でもにわかにテレビ等で露出も増えてきた、知る人ぞ知る秘境と言ったら大げさかもしれませんが、
世界遺産にでもなった日には、多くの観光客が押しかけるであろう場所。

実は、あまり人に教えたくないと本気でそう思わせる(だって、あの場で人混みには遭遇したくない・・・)、
そんな場所が、ボリビアのウユニという土地です。

Salar de Uyuni

水が張ると鏡のよ うに・・・!

ここへ行くためにはラパスから車で片道10時間。

それも、半分は未舗装の道。

砂埃を立てながら、ひたすら遥かかなたの地平線めざし、車を走らせます。

サボテンと見渡す 限りの塩!塩!塩!

秘境に行くには、苦労があってこそ・・・。

この続きは、次回お楽しみに。

スタッフS.S

RSS リーダーで購読する

アンデスの旅 ペルー編

年末年始の休みを利用し、南米(ペルー、ボリビア)に行ってきました。

日本からは地球の裏側。なかなか行く機会はない地域だからこそ、
行った者には両国の魅力を伝える義務があると勝手ながらそう感じ、
この場を借りて、私スタッフS.Sが紹介させて頂きます。

今回は、前編ということでペルーのご紹介です。

訪れたのは、首都リマ、古都クスコ、ご存知マチュピチュ、そしてペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖。

とりわけ、ペルーを訪れるほとんどの観光客の目的はマチュピチュでしょうし、
その観光拠点でもあり、インカ時代の古い街並の残るクスコの2ヶ所は外せません。
(今回、ナスカはルート上の問題で、残念ながら外しました)

・・・前置きはこれくらいにして、早速皆さん気になるマチュピチュから。

謎の空中都市マ チュピチュ

「空中都市」あるいは「失われた都市」と形容されるマチュピチュは、
1450年頃、インカ帝国第9代皇帝パチャクティの時代に始まり、
スペイン人に征服される1530年頃までの約80年間インカの人々が生活していました。

主には、インカ王や貴族の離宮としてなのですが、
海抜2,400mもあり、麓(バス乗り場)からも400mもの高低差があるので
どうしてこのような場所に・・・という「???」が頭の中を駆け巡ります

あまりにも有名なこの遺跡は、実は麓から入り口までバスが我々を乗せてくれますので、
山登りをしなければ辿り着けないというわけではありません。

まずは、首都リマから国内線で約1時間のフライトでクスコへ。
標高1,500mほどのリマから、3,600mほどあるクスコへ降り立つと
さすがに空気の薄さに身体は敏感に反応します。

クスコからは、車(バス)か電車でマチュピチュの麓、アグアス・カリエンテスまで
行くことになるのですが、最低でも約3時間を要します。

クスコ~マチュピ チュ間にある街オリャンタイタンボで発見した“INCA BUCKS”(笑)

成田→ロサンゼルス→リマ→クスコと飛行機を乗り継ぎ、
真っ先にマチュピチュを目指す場合、目的地に着いた頃には
24時間以上の移動時間と時差ボケとで疲労が蓄積したまま憧れの地へ行くことになりますが、
そんな疲れも吹っ飛ぶほどの光景が我々を迎えてくれます。

麓からは、バスが10~15分ごと(乗客がある程度乗ったら出発)に出ていて
30分でマチュピチュ入り口へ。

歴史などの詳細はコ チラに譲りますが、
朝もやに包まれた神秘的なマチュピチュを目の前にすると言葉を失います。
少しずつ姿を現すマチュピチュを臨む贅沢は、早起きしてこそ。

昼近くにもなると、世界中からの観光客がごった返し、趣きも薄れますが、
朝一番、人がまだいないマチュピチュを高台から臨む贅沢は、お金では買えません。

朝靄に包まれたマ チュピチュ

マチュピチュの写真には必ずといって写っている山がワイナピチュ山↓(画面真ん中奥)。

ワイナピチュへの登山は、1日に400人という入場制限を設けている為、
朝早くから整理券目当てに並ぶ必要があります。
(7:00又は10:00の選択制)

さらに下の写真は、ワイナピチュ山の上からマチュピチュを臨む光景(片道約1時間)。

途中、ワイヤーロープに捕まって登る急斜面な箇所もあり、
どうやってこんなところに建物を建てたのか、、、まさに謎でした。

是非、時間に余裕のある方にはお薦めです。

ワイナピチュ山頂 からの眺め

画面左側に見えるヘビのように這う道はバス通り、ハイラム・ビンガム・ロード。
かなりの急斜面をかなりのスピードで駆け降りて行く復路は、かなりのスリル・・・。
ひきりなしにバス同士のすれ違いもあるのですが、狭い道を上手く行き来している
ここの運転士達の腕は相当のものでした。

マチュピチュの住 民リャマ

上の写真は、マチュピチュ内に放されているリャマ。

実は、チリのとある会社がCM用にと連れてきたリャマが増えてしまったのだとか・・・。

最後に、インカ帝国の首都クスコについても少しだけ触れておきましょう。

クスコの街並

標高約3,400mにあるクスコ市内には、インカ時代の壁がそっくりそのまま残っていて、
美しい石畳の道は、さながらヨーロッパの古い街並を彷彿させます。

下の写真は、有名な12角の石。

当時の高度な技術が簡単に見て取れます。
これほどの石造技術を持ちながらも、残念ながらインカ帝国には文字がなかったため
記録が残っておらず、ある程度の解明はされているものの謎が残っているというのが現状。

12角の石

街中、あちこちで見かけるアルパカ、リャマを連れた先住民(写真下)。
観光客に写真を撮らせることでチップを貰っています。

勝手に写真を撮ると、“Paga! Paga!!(払え~)”と請求されます。
おばあちゃんか、女の子がほとんどですが、タダでは撮らせてくれません。

残念だったのは、石畳の道をひきりなしに車が走るという交通事情。。
それも、日本と違い、古いタイプの車(先進国からの輸入された中古車でしょう)が
大量の排気ガスを吐き出してブンブン走っているのですから、
日本から来た人間には、ここの空気は辛かったです・・・。

しかも、信号がほとんどなく、歩行者はタイミングよく横断するしかありません。

ラ・コンパニー ア・デ・ヘスス教会

そんな喧騒的なクスコも、時代の流れを汲み、
5~10年後には変わった姿を見せてくれるのでしょうか。

そんなことを考えながら、空気の薄いクスコをあとにしました。

次回は、ボリビア編をお伝えします。

RSS リーダーで購読する

2010 FIFA WORLD CUP

今年もあと10日ばかり、この時期、
皆さん慌しい日々を送っていることと思いますが、いかがお過ごしでしょうか?

さて、2010年の大きなイベントのひとつ、サッカーワールドカップが初めてアフリカ大陸での
開催(南アフリカ)ということで、色々な意味で興味深いわけですが、
先日、皆さんもご存知の通り、予選グループの組合せ抽選会が行われましたね。

日本は、オランダ、デンマーク、カメルーンという強豪揃いのグループに入ってしまい
今回ばかりは、ほとんどのマスコミも“希望薄”という論調が多いように思います。

さすがに、前回の教訓として・・・同じ轍は踏みたくないのは誰しもが考えること。
それは、サッカー協会も、選手も、マスコミも、はたまた国民もそう考えていますよね。

現実的には、オシム前日本代表監督が、相変わらず的を射たコメントを出していまして
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/wcup/10southafrica/text/200912050004-spnavi.html
彼のおっしゃるとおりだと思いますが、はたして結果は・・・やってみないことには分かりませんね。

当スクールには、世界中からネイティブの講師が集まり、日々各国語が飛び交っているわけですが、
やはり、このサッカーワールドカップというイベント期間中においては、
特にヨーロッパの男性講師ときたら、いつもの様子と違うのが見て取れます(笑)。

イタリア、スペイン、フランス・・・ヨーロッパの舞台でも日頃凌ぎを削っている強豪国が、
世界の大舞台でも熱い戦いを繰り広げるわけですから、ヒートアップするなという方が・・・。

イタリア語では、アレッシオ先生、ジョルジョ先生、マウリッツィオ先生、マルコ先生が、
スペイン語では、アマデウ先生、ヴィセンテ先生、そしてフランス語ではイシャム先生が、
とりわけ期間中、目の色が変わっているかもしれませんのでご了承下さい(笑)。

開催国南アフリカについて興味がある方は、土曜日新宿校にてレッスンしているマンセル先生が
かの地出身ですので、貴重な情報を聞けるかもしれませんよ。

とにもかくにも、6月が待ち遠しいスタッフS.Sでした。
今年も大変お世話になりました。
皆様、良いお年をお迎え下さい。

RSS リーダーで購読する

奈良 唐招提寺

先日、落慶法要が営まれたばかりの
奈良西ノ京にある唐招提寺へ足を運んできました。

鑑真和上で有名ですね。

奈良時代に建立された金堂は、平安、鎌倉、江戸、明治にと
改修されたそうで、今回は110年ぶりの「平成の大修理」。
2000年より9年に渡り全面解体修理が行われ、今月4日より一般公開されています。

金堂内の本尊の盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)や千手観音立像、
薬師如来立像などの8~9世紀頃の仏像も修理されたそうです。

ちなみに、すぐお隣の薬師寺も、
現在、国宝である東塔が、来秋からの解体修理のための
足場が下記のように組まれています。

こちらも約110年ぶりの解体。
すべて一旦解体し、歴史上初とも言われる基礎部分の発掘調査も
行うそうですので、何が出土されるのか興味深いところです。

来秋から、実に10年ほどの歳月を予定しているそうで、
その間、寂しい想いもしますが、長い歴史において必要なことですね。

修理と言えば・・・、姫路に飛びますが、
これまた国宝の姫路城も「平成の大修理」中。

知らずに行ってみたら修理中だった・・・ということもあるかと思いますが、
それもまた一興。

長い歴史の中のほんの僅かな修理期間に巡り合えたと思えば
それもまた良い思い出になるのではないでしょうか。

生きているうちに一度しか立ち会えない機会なのですから。

現在、奈良では興福寺にて『お堂で見る阿修羅展』、
奈良国立博物館においては『正倉院展』が開催中により大混雑。

鹿さんも人の多さに驚いている模様です。

最後に、個人的に奈良で好きなお店をご紹介します。

遊 中川

東京にも店舗がいくつかありますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

伝統的な麻を扱ったアイテムが、日本人の心のふるさととも言える大和の国、
奈良に根ざして発信されています。

オンラインショップはコチラ
定番アイテムは、「花ふきん」。
それ以外にも、思わず欲しくなってしまう小物がたくさんありますよ。

私もよく利用させてもらっていますが、つい誰かにプレゼントしたくなる品が多く、
贈り物などにも喜ばれるかと思います。

スタッフS.S

RSS リーダーで購読する

富士山

先日、富士山(3,776m)に初登頂してきたスタッフS.Sです。

言わずと知れた日本一の山、富士山ですが、バスツアーを利用し、初めて登ってきました。

残念ながら、山頂からの御来光は拝めなかったものの、達成感はなかなかのモノでした。
(当日、山頂は曇っていたものの、八合目からは見ることができたそうです)

今回、私が利用したのは、案内人が8合目まで同行する東京からのバスツアーだったのですが、
30人ほどのパーティーでしたので、老若男女様々な方がいらっしゃり、
ゆっくりゆっくりと集団を引率してくれたことは初心者にとって、その後の体力温存でき非常に有益でした。

前日は終電近くまで焼肉にビール、そして睡眠時間3時間ちょっと、、、
明らかに富士山を舐めていた(わけではないんですが・・・)私は、内心、
高山病まっしぐらなのでは・・・と冷や冷やしていましたが、
案内人のペース配分も幸いしてか、健康を維持できたのは幸運でした。

 

現地では、Tシャツにジーンズ、スニーカーという軽装の方もちらほら見かけましたが、
何とか登れるものの、疲労度などに大きな差があるのは明らか、、、
でも、本当にあの格好で登ってしまう方々には、ある意味敬意を表したくなるほどでした(笑)。

 

登り始めたのが、昼食後の13時。
登ったのは、一番メジャーな吉田ルート。
首都圏からのアクセスが良く、山小屋の数が最多で、救護所もあり、初心者には心強いコースです。

8合目の山小屋に19時頃到着し、夕飯のカレーを食べ、そのまま仮眠。
1畳に2人寝るくらいのスペースで、隣の人のいびきで私はほとんど眠れませんでした。。
(今回の登山で一番辛かったのが、この山小屋での睡眠・・・)

夜中の1時に山小屋を出発(その時間帯のトイレの行列は相当・・・)、
この頃になると、御来光目当ての多くの登山者が行列を作って頂上を目指していました。

ちなみに、2008年の登山者数はおよそ30万5千人。

あの人数は実際目の当たりにすると驚きます。
それはまるで、“巡礼”のようにも私には見受けられました。

山岳信仰の対象でもあり、富士信仰ということばもあるくらいですが、
正確には、本来の意味での“巡礼”とは一線を画し、宗教色は薄いのが現実。

それでも、たくさんの日本人(もちろん外国人もいますが)をああまでさせるのは、
富士山の持っている“何か”なのでしょう。

 3時間ほどで無事、小雨降る山頂へ。

印象的だったのは、月が近いこと。
この日は満月でした。
まるで手の届きそうなところに、お月様が神々しく輝き、足元を照らしてくれました。

朝4時の時点ではまだ暗く、冬のような寒さの中、30分以上御来光を待った末、
残念ながら拝めませんでしたが、下山する頃には晴れ間がさし、奇麗な雲海に遭遇できました。

 

雨が降ったからこその雲なのかもしれませんし、当日の天気次第で、いくつもの顔を見せてくれるのが
自然のなせる業なのでしょうし、こればかりは行ってみてのお楽しみなのでしょうね。

 

 

下りは3時間半ほどで5合目まで辿り着きましたが、帰りの方が足には相当負担でした。

自分自身の足で(5合目からとは言え)雲よりも高いところまで登り、
下界を見下ろす気分というのは、何とも言えませんでした。

「富士山は眺める山で、登る山じゃない」と山好きの人は言いますが、
「一生に一度は富士山へ」、いかがですか?

登っている人の数だけ、それぞれの目標だったり、理由があります。

新婚ほやほやのカップルとお会いしたり(「富士山離婚しちゃったりしてね(笑)」
などと笑いがこぼれてきていました)、定年間近の男性で、娘さんたちを誘ったものの断られ、
挙句に周囲からは止められながらも挑戦、帰りは達成感に満ち溢れた表情が印象的だった方など、
そういったドラマを覗き込めたことも、グループで参加したことの醍醐味でした。

やはり、富士山には人々を惹きつける何かがあるのでしょうね。

軽々しくは「また登りたい」と言えませんが、、、
次回は、山登りの好きな両親と一緒に登れたら、幸せだなと思います。

 

RSS リーダーで購読する

ホーム > ラングランドカルチャー のアーカイブ

カレンダー
« 5 月 2012 »
M T W T F S S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
アーカイブ
ページ
外部PR

ページのトップに戻る