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ペルー

アンデスの旅 ボリビア編(前編)

前回のペルー編に引き続き、今回はボリビア編(前編)にお付き合い下さい。

 

写真慣れした女の子(ボリビア)

 

まずは、交通手段ですが、ペルーから陸路で長距離バスを使い
途中、いくつかの遺跡を巡りながらのバス旅行を楽しみながら、プーノ(ペルー)で一泊。
チチカカ湖を眺めながら陸路で国境を越え、ボリビアへと入国しました。

電車は、本数が極めて少ない為、バスを使うことが一般的のようです。
もちろん、クスコから飛行機を使うこともできますが、
旅行において、あまりに楽をしすぎると、大切な多くのことを見落としてしまいます。

途中にある遺跡に数箇所連れていってくれるバスを利用しました。 
ドイツ製のしっかりしたバスで、シートは豪華、快適に長距離移動できました。

 

道中最も標高の高かった4,338m

道中最も標高の高かった4,338mの標識

 

アンデスの山々を眺めながらの道中、
どんなに生活環境が厳しくても、人間はどこでも生活していけるのだなと考えさせられました。 

 

写真の営業部隊

 

働く子供をたくさん見かけました。

親とともに畑仕事を手伝ったり、靴磨きをしたり・・・、その光景はごくごく当たり前の日常生活を送る
彼らの自然な姿として、異国からの観光客の前でもいつものそれと何ら変わりません。

とりわけ、家族の絆が強いことを思わせる光景に多く出くわし、
そのことは自然なことであれ、現代の日本と比べるととても羨ましくも感じました。

 

あちこちで見かけた大統領の写真

あちこちで見かけた大統領の写真

 

ペルー→ボリビアへの国境越えの際、バスから一旦降り、入国管理事務局へ。

事務局内には、早速モラレス大統領の写真が私達をお出迎え(写真上)。

ボリビア初の先住民出身の大統領ということで、
この国においては支持されているのだなとわかる人々の話や、雰囲気はあちこちで感じました。

 

チチカカ湖に臨む街コパカバーナの市場

 

ちょうど、ボリビアの首都ラパスへ入ったのが、12月31日だったため、
多くの人が夕方買い出しでごった返す光景に出くわしました(写真下)。

南半球ですから、季節は夏なのですが、やはり標高が高いこともあり
太陽が出てさえいれば昼間は半袖でも過ごせますが、上着は常に必需。

下の写真は18時頃。夕方ともなるとご覧の通り、皆さん着込んでいます。

 

大晦日に買出しする人々

大晦日に買出しする人々

 

写真(上)は、ラパス市内ではあるものの、すり鉢上に家々が立ち並ぶ街の一番高いところ、
すなわち土地が安く、後から移住してきた人が多く住むEl alto(エル・アルト)という貧困層の街です。

地方から越してくる人が後を絶たず、人口は爆発的に増えているのだそう。

ちなみに、エル・アルトの標高が約4,300m。

ラパスの空港もこの高さにあり、日本から直接ボリビアに降り立つ人は、
あまりの標高差に高山病になりやすく、実際にそういう方にお会いしましたが、
100m歩くごとにカフェで一休みしていたと苦笑されていました。

幸い、私はペルーから徐々に標高に慣れていたため、問題ありませんでしたが、
南米のサッカーW杯予選などでは、よくブラジルやアルゼンチンなどの強豪が、
敵地ボリビアへ乗り込み苦戦(敗戦)するというニュースを見聞きしてはいましたが、
実際現地に行ってみると、それは実感として大いに納得できるものでした。

むしろ、過酷な運動をかの地で行うのは、身体を危険にさらせるようなものだと・・・。
 

ラパス市内を一望

ラパス市内を一望

 

新年のカウントダウンは、長旅の疲労と身の安全も考慮し、ホテルの部屋から眺めるだけにしましたが、
(例えはあまり良くありませんが)まるで湾岸戦争の映像を思い出すくらいに
花火や爆竹が飛び交い(実際に火事が起こりそうなほど)、いかにも南米らしい騒ぎ様を垣間見ました。

 

新年を迎えたラパス市内

新年を迎えたラパス市内

 

さて、何故今回ボリビアを選んだのか・・・その最大かつ唯一の理由はウユニ塩湖でした。

日本でもにわかにテレビ等で露出も増えてきた、知る人ぞ知る秘境と言ったら大げさかもしれませんが、
世界遺産にでもなった日には、多くの観光客が押しかけるであろう場所。

実は、あまり人に教えたくないと本気でそう思わせる(だって、あの場で人混みには遭遇したくない・・・)、
そんな場所が、ボリビアのウユニという土地です。

 

Salar de Uyuni

 

水が張ると鏡のように・・・!

 

ここへ行くためにはラパスから車で片道10時間。

それも、半分は未舗装の道。

砂埃を立てながら、ひたすら遥かかなたの地平線めざし、車を走らせます。

 

サボテンと見渡す限りの塩!塩!塩!

 

秘境に行くには、苦労があってこそ・・・。

この続きは、次回お楽しみに。

 

スタッフS.S 

アンデスの旅 ペルー編

年末年始の休みを利用し、南米(ペルー、ボリビア)に行ってきました。

日本からは地球の裏側。なかなか行く機会はない地域だからこそ、
行った者には両国の魅力を伝える義務があると勝手ながらそう感じ、
この場を借りて、私スタッフS.Sが紹介させて頂きます。

 

今回は、前編ということでペルーのご紹介です。

訪れたのは、首都リマ、古都クスコ、ご存知マチュピチュ、そしてペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖。

とりわけ、ペルーを訪れるほとんどの観光客の目的はマチュピチュでしょうし、
その観光拠点でもあり、インカ時代の古い街並の残るクスコの2ヶ所は外せません。
(今回、ナスカはルート上の問題で、残念ながら外しました)

 

・・・前置きはこれくらいにして、早速皆さん気になるマチュピチュから。

謎の空中都市マチュピチュ

 

 「空中都市」あるいは「失われた都市」と形容されるマチュピチュは、
1450年頃、インカ帝国第9代皇帝パチャクティの時代に始まり、
スペイン人に征服される1530年頃までの約80年間インカの人々が生活していました。

 

主には、インカ王や貴族の離宮としてなのですが、
海抜2,400mもあり、麓(バス乗り場)からも400mもの高低差があるので
どうしてこのような場所に・・・という「???」が頭の中を駆け巡ります

あまりにも有名なこの遺跡は、実は麓から入り口までバスが我々を乗せてくれますので、
山登りをしなければ辿り着けないというわけではありません。

 

まずは、首都リマから国内線で約1時間のフライトでクスコへ。
標高1,500mほどのリマから、3,600mほどあるクスコへ降り立つと
さすがに空気の薄さに身体は敏感に反応します。

クスコからは、車(バス)か電車でマチュピチュの麓、アグアス・カリエンテスまで
行くことになるのですが、最低でも約3時間を要します。

 

クスコ~マチュピチュ間にある街オリャンタイタンボで発見した“INCA BUCKS”(笑)

 

成田→ロサンゼルス→リマ→クスコと飛行機を乗り継ぎ、
真っ先にマチュピチュを目指す場合、目的地に着いた頃には
24時間以上の移動時間と時差ボケとで疲労が蓄積したまま憧れの地へ行くことになりますが、
そんな疲れも吹っ飛ぶほどの光景が我々を迎えてくれます。

麓からは、バスが10~15分ごと(乗客がある程度乗ったら出発)に出ていて
30分でマチュピチュ入り口へ。

 


 

歴史などの詳細はコチラに譲りますが、
朝もやに包まれた神秘的なマチュピチュを目の前にすると言葉を失います。
少しずつ姿を現すマチュピチュを臨む贅沢は、早起きしてこそ。

昼近くにもなると、世界中からの観光客がごった返し、趣きも薄れますが、
朝一番、人がまだいないマチュピチュを高台から臨む贅沢は、お金では買えません。

 

朝靄に包まれたマチュピチュ

 

 

マチュピチュの写真には必ずといって写っている山がワイナピチュ山↓(画面真ん中奥)。

 

ワイナピチュへの登山は、1日に400人という入場制限を設けている為、
朝早くから整理券目当てに並ぶ必要があります。
(7:00又は10:00の選択制)

さらに下の写真は、ワイナピチュ山の上からマチュピチュを臨む光景(片道約1時間)。

途中、ワイヤーロープに捕まって登る急斜面な箇所もあり、
どうやってこんなところに建物を建てたのか、、、まさに謎でした。

是非、時間に余裕のある方にはお薦めです。

 

ワイナピチュ山頂からの眺め

 

画面左側に見えるヘビのように這う道はバス通り、ハイラム・ビンガム・ロード。
かなりの急斜面をかなりのスピードで駆け降りて行く復路は、かなりのスリル・・・。
ひきりなしにバス同士のすれ違いもあるのですが、狭い道を上手く行き来している
ここの運転士達の腕は相当のものでした。

 

マチュピチュの住民リャマ

 

上の写真は、マチュピチュ内に放されているリャマ。

実は、チリのとある会社がCM用にと連れてきたリャマが増えてしまったのだとか・・・。

 

 

最後に、インカ帝国の首都クスコについても少しだけ触れておきましょう。

クスコの街並

 

標高約3,400mにあるクスコ市内には、インカ時代の壁がそっくりそのまま残っていて、
美しい石畳の道は、さながらヨーロッパの古い街並を彷彿させます。

 

 

下の写真は、有名な12角の石。

当時の高度な技術が簡単に見て取れます。
これほどの石造技術を持ちながらも、残念ながらインカ帝国には文字がなかったため
記録が残っておらず、ある程度の解明はされているものの謎が残っているというのが現状。

 

12角の石

 

 街中、あちこちで見かけるアルパカ、リャマを連れた先住民(写真下)。
観光客に写真を撮らせることでチップを貰っています。

勝手に写真を撮ると、“Paga! Paga!!(払え~)”と請求されます。
おばあちゃんか、女の子がほとんどですが、タダでは撮らせてくれません。

 

 

 

残念だったのは、石畳の道をひきりなしに車が走るという交通事情。。
それも、日本と違い、古いタイプの車(先進国からの輸入された中古車でしょう)が
大量の排気ガスを吐き出してブンブン走っているのですから、
日本から来た人間には、ここの空気は辛かったです・・・。

しかも、信号がほとんどなく、歩行者はタイミングよく横断するしかありません。

 

ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会

 

そんな喧騒的なクスコも、時代の流れを汲み、
5~10年後には変わった姿を見せてくれるのでしょうか。

そんなことを考えながら、空気の薄いクスコをあとにしました。

 

次回は、ボリビア編をお伝えします。

 

 

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